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みんなのエッセイ

120円のお客 鳥越九郎

120円のお客
もう20年も前になろうか。
徹夜明けの工場からの帰り道、凍てついた道路に足をとられながら、私は、ドライブインの引き戸を開けた。

「とうちゃん、また来たんかい!しゃあないねえ」

 さもめんどうそうなねえさんの声に、自分のことかとむっとして振り返ると、よれよれの作業服を着た、60がらみのもじゃもじゃ白髪のちびたおやじが、畳に上がろうとしていた。

「めし・・・・おこれ(おくれ)」。
「めしだけじゃあだめだといったべ、しゃあないなあ」

といいながらも若いねえさんは、いやがりもせず、ドンブリメシをドカンと置いていく。そして「ほれ、のどにつっかえんべえ、サービスだよ」と、みそしるの椀を置いていく。

 客は、いっぱいだ。トラックの運ちゃんたちがひと仕事終わして、多ぜいストーブを囲んで股をあたためている。「ねえちゃんよーナット定食!ノリと玉子つけてや」「はーい」。よれよれのさっきのおやじは、紙袋を明け、カンヅメを取り出している。

「カンキリ貸してけろ!」
「またカンヅメかあ、だめだんべぇ、こんなもの店に持って来ちゃあ」

といいつつ、あっちこっち、客のお膳を運んでいるかのねえさん
「どれ、貸してみな・・・」イワシの平べったいカンヅメをひったくるようにして、切り出した。「はいよ」 。ギトギトした煮汁がこぼれ落ちる。それを黄色い、まばらな歯をむき出して、ニタニタしていたおやじは、やおら、カンヅメのヘリに口を持っていったと思うと、ズルズルとそれをすすった。

「おおいやだ、きたならしい・・・」

 などと言いながらも雑巾で、テーブルやたたみをふいてやったり、お茶を入れてやったり世話をしている。イワシのカンヅメをおかずに、メシとサービスのみそしるとを、ほんとうにうまそうに、ゆっくり、ゆっくりと平らげたおやじは、ハナを色のかわったソデ口でふきながら、ガラス戸を開け、ボロボロの自転車で帰っていった。

「道が凍ってっから、気いつけねえとだめだよっ!」とくだんのねえさんが声をかける。

 いくらか年配のおねえさんが寄ってきて「またあのおやじ、メシだけたべて帰ったんかい、どういう神経もってんだろうね、120円じゃもうからねえよ、まったく」と悪たいをつく。「ひとり娘は、どうしたんだべねえ、東京さ、行ったようだけど・・・」

よろよろと遠ざかるおやじの後姿を追う若いねえさんの眼は、老父をみまもる本当の娘のような、やさしいものであった。私は、徹夜明けの眠気がすっかりなくなっていた。

ああ、この店に来て良かった。